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ヘイゼルの悲劇

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リバプールエンブレム

■イギリスとイタリア、そしてUEFAの反応

■その後・・・


あまり記事にすることでは無い内容です。

これについては私の備忘録くらいに思って下さい。



ヘイゼルの悲劇
84-85シーズン。
UEFAチャンピオンズカップ決勝、ユベントス戦でヘイゼルの悲劇が起きました。
この事故によって39人が死亡、400人以上が負傷したとのこと。


これによってイングランドのクラブは国際試合から無期限に締め出されます。
※その後、リバプールは7年、他クラブは5年となります。



ことの発端は試合前のエキシビションマッチ後半
酒に酔ったリバプールファンユベントスファンに空き缶や旗を投げつけるなどして断続的に挑発をしたとのこと。

これにユベントス側も応じ両ファンは小競り合いを繰り返していましたが、リバプール側が両者を隔てていた防御用フェンスを破壊すると、
手薄な警備の隙を突いて煉瓦や鉄パイプを武器にユベントスサポーターのいる場所へと雪崩れ込みました。

ユベントスファンはリバプール側の襲撃によってパニック状態となり、大勢の観客が襲撃を避けようとメインスタンドとユベントスファンのゾーンの境にある高さ3mのコンクリート製の壁に押し寄せました。
観客は壁をよじ登るか最前列のフェンスを越えてグラウンドへと脱出しようとしたのですが、数千人の観客が脱出できずに壁際へと追いやられる形で追い込まれました。


しかしながら、壁は老朽化のため殺到した観客の重量に耐え切れず倒壊したことで「群衆雪崩」が発生し、
先頭部にいた観客は崩れ落ちた壁や後方から殺到した観客に押しつぶされる形となり次々と犠牲になりました。

グラウンドや陸上競技用のトラックには負傷者や観客席から逃げ出した数百人近い人々で溢れかえり、
重傷者には心肺蘇生などの救急処置が行われ、救急車とヘリコプターを使って市内の医療施設に搬送され、
犠牲者の遺体はスタジアム正面入り口の仮設テントに並べられました。



しかし、両サポーターの衝突は収まることを知らず、
事態を鎮圧するべく、この試合を最後に監督を退くことを表明していたリバプールジョー・フェイガンがスタンドに歩み寄りサポーターに対し冷静になるよう直に呼びかけを行い、ユベントスキャプテンのガエタノ・シレアリバプールキャプテンのフィル・ニールが場内放送を通じてファンに呼びかけました。



しかしながら、事態は収まらず、最終的には警官隊700人軍隊1000人を動員して暴動を鎮圧させました。
この事件の責任を感じたフェイガンは監督を辞任、後任には選手兼任監督としてケニー・ダルグリッシュが後を引き継ぎました。

Juve Liverpool - 29 maggio 1985 - tragedia Heysel - YouTube




イギリスとイタリア、そしてUEFAの反応
ニール・マクファーレンスポーツ大臣は事件の直後に「恥の夜、悲劇の夜」と評し、
国内では一連の問題について様々な議論がなされて、英紙『タイムズ』「サッカーは今や死に絶えたのも同然である、との結論に抵抗することは難しい」リバプール・エコー』では「サッカーの試合が生や死と等価値であるのか」と報じました。

時の英国首相サッチャーは事件の全責任がリヴァプール側のイギリス人にあることを認めイタリア政府に謝罪し、犠牲者の遺族に対し見舞金として暫定的に25万ポンド(約8千万円)を支払ったとのこと。

さらにサッチャー首相は暴動の再発防止策として、
◯警察の警備権限強化
◯スタジアムでのアルコール販売禁止
◯凶器となり得る瓶缶類の持込禁止
◯観客の身元を確認するためのIDカードの発

・・・上記の様な規制立法案を提出しました。



イタリアのアレッサンドロ・ペルティーニ大統領「スタジアムを惨劇に変えた暴力行為を憎む」との声明を発表したました。
その他、イタリアメディアではローマ紙『ラ・レプッブリカ』「大虐殺のスタジアム」ミラノ紙『コリエーレ・デラ・セラ』カップ戦のための虐殺」、同じくしてミラノ紙『イル・ジョルナーレ』「野蛮人が我々の世界で生きている」といった見出しで事件を報じました。


FAは、サッチャー首相やイギリス政府の意向を受けて、
協会に加盟する全クラブに対し、85-86シーズンに行われる国際大会への出場自粛を決定しました。
しかしながら、サッチャーイングランドサッカー界に対して強硬な態度を示しており、FAに対して欧州の国際大会への参加を無期限に禁止するように圧力をかけただけでなく、プロサッカーそのものを禁止したかった様です。



FIFAは事故後、試合時の安全性を高めるように世界各国のサッカー協会に対し通達したが、UEFAの決定を受けてイングランドの全クラブに対し国外での全ての国際試合禁止を決定
これに対しFAは「全ての国際試合から締め出されては改善した成果を見せる機会を失う」FIFAの決定に提訴し、欧州以外での国際試合禁止処分は解除されました。




その後・・・
CL04-05の決勝トーナメント準々決勝で、20年ぶりにリバプールユベントスが相まみえ、
アンフィールドで行われた第1戦の試合前には事件の犠牲者への追悼式が行われました。

この際に「加害者側」であるリバプール「AMICIZIA」(イタリア語で友情)の人文字を作り「被害者側」であるユベントスへ和解を求めました。

これに対してデッレ・アルピで行われた第2戦においてユベントスは、
「39人の天使達は天上からビアンコネッロの民を誇りを持って見守っている」

・・・その様に描かれた横断幕を掲示し融和的な姿勢を示すグループもあれば、一方で「1989年4月15日、シェフィールド、神は存在する」と描かれた横断幕を掲示し、ヒルズボロの悲劇ヘイゼルの悲劇に対する神罰であると皮肉ったファンもいました。




この事実、覚える必要はありません。

しかし、リバプールがこういった歴史を背負ったクラブであるということは知っておいても損はないでしょう。