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リバプールとRB《中編》

 

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レッドブル

 

◼️リバプールとRBの関係とは!?

◼️すべてはドイツのある地方から始まった!

◼️「プロフェッサー」の誕生。

 

さて、前回からはリバプールとRB」と称した記事を書いています。

今回はその中編をお送りします。

 

リバプールとRBとはどの様な関係があるのか?

そして、その関係人物の歴史を紐解いていきます・・・

 

※前編はコチラ。

gk-lab.hatenadiary.jp

 

それでは、どうぞ!

 

ゲーゲンプレス

リバプールとRBに共通するキーワード。

それはゲーゲンプレスです。

 

単に「クロップがやっているから」というだけではありませんよ?笑

 

元々、プレスサッカーに近しい戦術を世間に広めたのはACミランでした。

その4-4-2のフォーメーションからなるコンパクトな陣形を常に上下させ、

そしてディフェンスラインを高く維持し、相手にプレッシャーをかける。

 

当時はかなり画期的な戦術だった様です。

 

その戦術をとったのはアリゴ・サッキ監督

稀代の戦術家と知られる彼は、その戦術をもってサッカー戦術史の分岐点とも言われる存在となりました。

 

しかし、彼もその戦術をイチから作った訳ではありませんでした。

 

「ルーツ」が存在したのです。

 

それがリバプール

4-4-2のフォーメーションを取り、チャレンジ&カバーの徹底をしていた、所謂「ゾーンディフェンス」を初めて採用したチームから作り上げられたのです。

 

 

 

 

全てはドイツのある地方から始まった!

あるドイツの地方、バーデン=ビュルテンベルク州にて。

4-4-2の「ゾーンディフェンス」が世間に広まる中、この戦術にある人が疑問を投げかけました。

 

「効率が悪い。もっと前線へ、激しくボールを奪いに行けばいい。」

 

その人はヘムルート・グロース

「戦術の法王」と呼ばれる人間でした。

 

 

彼は「ボールの位置に応じたゾーンディフェンス」という受け身のゾーンディフェンスでは無い、攻撃的なディフェンス方法を提唱し、挑戦し始めました。

 

その画期的な戦術は当時ヘムルートが指揮していたクラブがドイツの5部に相当するクラブだったにも関わらず、ビュッテンベルク地方の様々な指導者達を惹きつけました。

 

その中にある人物がいました。

 

 

ラルフ・ラングニック

 

RBライプツィヒの監督であり、後に「プロフェッサー」と称される人物です。

 

 

 

 

「プロフェッサー」の誕生

ラングニックはサッカープレーヤーとしては才能が無く、プロになることができませんでした。

そして、25歳という若さで指導者の道を志します。

 

しかし、彼が率いていたのはアマチュアチーム。

プロに比べれば戦術的な情報も勉学の機会もまったくありません。

 

そこで彼はビュッテンベルクサッカー協会の門を叩きます。

そして、彼は「法王」と出会うことになるのです。

 

当時のグロースは彼の提唱した「ボールの位置に応じたゾーンディフェンス」の実現に向けて試行錯誤していたのですが、ラングニックはその戦術に非情に感銘を受けて、戦術の発展に向けてグロースとそのメソッドを作り上げていきました。

 

そして、あるプロクラブがその戦術に興味を持ち始めました。

 

 

それがシュツットガルトです。

 

 

グロースは同クラブの下部組織の責任者になると、すぐさまラングニックをUー19の監督に招聘しました。

 

そこでも彼らはグロース提唱の戦術発展を怠らず、リバプールのゾーンディフェンス」を発展させた「サッキのゾーンディフェンス」を徹底的に研究したそうです。

 

 

 

 

シュツットガルト・スクール

「ボールの位置に応じたゾーンディフェンス」への挑戦。

 

その戦術研究において彼らは様々な副産物を生んで来ました。

 

 

ちなみに彼らがビュッテンベルクサッカー協会在籍時の話ですが、ドイツで初めて4バックを採用したのもこの協会からです。

 

 

そういった先進的にな戦術を採用していったこの地方は世間から注目を浴び始めます。

 

そして、その協会やそこに関連している人物はゾーンディフェンスやプレスサッカーを代表とした、非情に先進的なサッカー戦術の提唱者としてシュツットガルト・スクールと呼ばれる様になりました。

 

 

その中にボルフガング・フランクという人物がいます。

彼もグロースラングニック同様、「サッキのゾーンディフェンス」の研究をしていた様です。

 

「ボールの位置に応じたゾーンディフェンス」の実現のもと、あらゆる挑戦を行い、

そのメソッドを自分のチームであるマインツに落とし込みます。

 

 

・・・そう、マインツです。

 

 

そこには当時プレーヤーだった、クロップがいたのです。

 

 

 

 

 

 

いかがだったでしょうか?

 

次回からはラングニックの話をしていきますので、

上記のシュツットガルト・スクールは今回のブログの外伝的な話になります。

 

ただ、こうして見ると後にフランクに師事を仰ぎ、監督となったクロップは所謂ラングニックの弟子に当たる存在なのです。

 

 

そのクロップがゲーゲンプレスのルーツとなったリバプールで指揮を取るというのも因果な話ですよね。

 

 

余談ですが、現ドイツ代表のレーブ監督シュツットガルト出身です。

彼は現役時代と監督時代もシュツットガルトで経験がありますので、このシュツットガルト・スクールとも関連があるかもしれませんね。

 

 

さて、次回は後半になります。

 

この、ラングニックのメソッドはどの様に世間に知られていく様になるのか?

 

それでは、また!